昨日2026年4月26日で、世界の航空業界における大きな転換点となった「ボーイング787型機(ドリームライナー)」のプログラム開始から、ちょうど22年が経過しました。
22年前の2004年4月26日、ANAは当時の取締役会においてボーイングが開発を進めていた次世代中型機「7E7(開発コード)」を後継機種として選定し、50機を発注することを正式に決定しました。この歴史的な発表が、のちに「ドリームライナー」の名で親しまれる787プログラムを本格始動させる決定打となりました。

この決断は、単なる機材更新以上の意味を持っていました。それまでの大型機でハブ空港同士を結ぶ「ハブ・アンド・スポーク」モデルから、燃費効率に優れた中型機で都市間をダイレクトに結ぶ「ポイント・ツー・ポイント」モデルへと、航空運航の主流を根本から変えるゲームチェンジャーの誕生でもあったからです。
787は、民間機として初めて機体の主要構造に炭素繊維複合材を本格的に採用しました。これにより、従来の同規模機(ボーイング767など)と比較して約20%の燃費改善を実現。さらに複合材の強靭さを生かし、客室内の気圧をより地上に近い高度に設定し、湿度も高く保つことを可能にしました。また、電子シェードを備えた従来より格段に大きな窓など、乗客の快適性を飛躍的に高めたことも大きな特徴です。

当初の発注には、日本の国内線事情を色濃く反映し、日本の空港スポットサイズを満たすために「ウイングレット」を装着した短距離仕様の「787-3」が30機含まれていました。最終的にこの派生型はベースモデルである787-8の開発が数年単位で大幅に遅延したことなどが影響し開発中止となり、標準型の787-8や胴体延長型の787-9へと変更されましたが、初期構想がいかに日本の空を意識してスタートしたかを物語る興味深いエピソードです。
度重なる開発の遅延や、就航直後のバッテリー問題による運航停止など、幾多の困難を乗り越えてきたドリームライナーですが、現在では世界中の空に欠かせない存在となっています。
そして、この物語は今もなお現在進行形で続いています。世界最大規模の787を運用するANAは、成田空港の拡張も見据え今後もさらなる787の受領を控えています。ローンチから22年を経た今もなお、787は同社のフリート戦略の核として、日本の、そして世界の空を進化させ続けています。Photo : ANA




