航空券や燃油サーチャージの高騰が連日報道され、ニュースでは中東情勢に伴う「原油高」が主な原因として報じられています。しかし今、航空業界をより深刻に追い打ちをかけているのは、原油価格そのもの以上に「精製・輸送コスト」の高騰です。
航空機は、採掘された原油をそのまま燃やして飛ぶことはできません。専用の製油所で不純物を取り除き、ジェット燃料へと加工する必要があります。最終的な燃料代は、原材料である原油の値段に、この精製するための加工賃(精製マージン)と運搬費が加算されて決まります。現在、この加工賃と運搬費が異常な値上がりを見せている最大の理由は、サプライチェーンの完全な麻痺です。
数年前のロシアによるウクライナ侵攻以前、ヨーロッパは近くて安いロシア産のジェット燃料に大きく依存していました。しかし、制裁によってロシア産が遮断された結果、遠く離れた中東やインドの巨大製油所に頼らざるを得なくなりました。そこへ今回の中東危機が直撃します。中東の海の関所である「ホルムズ海峡」が事実上の封鎖状態となったことで、精製済みの燃料を積んだタンカーが足止めされ、市場から完成品の燃料が不足する事態に陥りました。
それなら自国で精製すればいいのではという疑問が湧きますが、ヨーロッパにはそれができない構造的な事情があります。まず技術的な問題として、欧州の製油所は数十年前の古いものが多く、現在の需要に合わせてジェット燃料だけを効率よく作り出すことが困難です。さらに決定的なのが、脱炭素(ESG)政策の壁です。環境規制が非常に厳しいヨーロッパでは、石油会社が化石燃料の精製設備に巨額の新規投資をすることが株主から許されず、古い製油所は次々と閉鎖に追い込まれています。
その結果、足元で安い原油が採れる中東や、世界最大級の最新鋭設備を持つインドの価格競争力に全く太刀打ちできず、自国で作るよりも完成品を買うほうが経済的だという輸入依存のシステムに浸かりきっていました。この自国で精製できない弱点が、今回の中東における物流ストップによって一気に露呈した形となります。
今回原油高と精製コスト高というこの二重苦に対し、事前の燃料予約(ヘッジ)の仕方が各社の運命を大きく分けました。この危機でヨーロッパ市場でヘッジ戦略で一人勝ちしているのが、ヨーロッパ最大のLCCのライアンエアーです。同社は潤沢な手元資金を背景に、加工賃や輸送費もすべて込みの「ジェット燃料そのもの」の最終価格を、事前に約80%も固定予約していました。石油会社から少なくとも6月末までの供給保証も取り付けており、他社がコスト増で運賃を上げる中、あえて低価格を維持してシェアを根こそぎ奪う攻めの姿勢を見せています。
対照的に苦境に立たされているのが、ルフトハンザグループです。同グループは業界の定石通り、金融市場で大量に取引しやすい「原油」や「軽油」の価格を固定して予約していました。しかし今回は、原油以上に精製・輸送コストが異常に暴騰するという想定外の事態が起きたため、原油価格のヘッジだけでは防御をすり抜けられてしまいました。結果として、約1,500億円(10億ドル)規模の巨額損失を被る事態となっています。
この危機は、日本の旅行者にとっても決して遠い国の話ではありません。日本はヨーロッパとは異なり、主に中東から原油を輸入して国内で精製するモデルをとっていますが、近年は別の深刻な問題を抱えています。
日本では脱炭素や人口減少によるガソリン需要の低下を見据え、国内の製油所の統廃合が急速に進んでいます。その結果、急回復するインバウンドの航空需要に対し、国内でジェット燃料を十分に作りきれない事態が既に発生しています。足りない分は海外から割高な精製コストを払って完成品を輸入せざるを得ず、これが燃油サーチャージの高止まりや、一時話題となった燃料不足による海外エアラインの日本就航見合わせの要因となっているのです。
今、私たちが支払っている高いチケット代の裏には、単なる原油価格の上下だけでなく、世界の物流網の麻痺や、各国の精製能力の限界といった複雑な要因が絡み合っています。空の旅が再び手軽なものに戻るかどうかは、中東の緊迫した情勢が落ち着き、足止めされているタンカーが再び最短ルートで燃料を運べるようになるかどうかにかかっています。

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