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なぜ飛行機のスピードは半世紀「据え置き」なのか? 音速の壁と次世代超音速機「オーバーチュア」が切り拓く空の革命

 新幹線など、地上の交通機関は技術の進歩とともに目覚ましいスピードアップを遂げています。しかし、空の旅に目を向けると、現代の旅客機の巡航速度(時速約900km前後、マッハ0.8〜0.85程度)は、1960年代に登場した初期のジェット旅客機からほとんど変わっていません。

 航空技術は劇的に進化しているにもかかわらず、なぜ飛行機だけは「スピードアップ」という道を選んでこなかったのでしょうか。そこには、物理学の壁と現代社会の切実な事情、そして今、その壁を打ち破ろうとする次世代の挑戦があります。

 飛行機の速度が頭打ちになっている最大の理由は、物理的な「空気抵抗」と「音速の壁」にあります。音速(マッハ1)に近づくと、機体の周囲に強力な衝撃波が発生し、空気抵抗が急激に増大する「造波抵抗」が生じます。これを押し切るためには莫大な燃料を消費することになり、地上にはソニックブーム(衝撃波による轟音)という公害をもたらしてしまいます。

 燃料費は航空会社の運航コストの大部分を占める死活問題です。そのため、航空機メーカーやエンジンメーカーは「より速いエンジン」ではなく、「より少ない燃料で遠くまで飛べる燃費の良いエンジン」の開発に巨額の投資を行ってきました。さらに現代では、カーボンニュートラルに向けた二酸化炭素(CO2)排出量の削減が至上命題となっています。スピード競争から降り、燃費と環境への配慮へと舵を切った結果が、現在の「変わらない巡航速度」なのです。

 2003年のコンコルド退役以来、商業航空において単なる「速さ」は絶対的な価値ではなくなったかのように見えました。しかし現在、その常識を覆すプロジェクトが着々と進行しています。次世代の超音速旅客機開発において、現在世界で最も注目を集めているのがアメリカの航空機メーカー「Boom Supersonic(ブーム・スーパーソニック)」です。同社が開発を進めている超音速旅客機「Overture(オーバーチュア)」は、コンコルドの退役以来途絶えていた超音速の空の旅を復活させる存在として、世界のメガキャリアから熱い視線を浴びています。

 Boom社の歩みは単なる構想にとどまりません。2025年1月、同社の技術実証機である「XB-1」がカリフォルニア州モハベ砂漠の上空で初の超音速飛行に成功しました。現在同社は、実用機であるオーバーチュア本体と独自開発の専用エンジン「Symphony(シンフォニー)」の開発にリソースを集中させており、2029年頃の商業就航に向けたスケジュールは現実味を帯びてきています。

 超音速旅客機と聞くと、「コンコルドのような一部の富裕層しか乗れない高額な乗り物」をイメージするかもしれません。コンコルドの運航コストを跳ね上げていた最大の要因は、その「燃費の悪さ」と「整備コストの高さ」でした。では、なぜオーバーチュアは「ビジネスクラスと同等の運賃」で利益を出せる試算が成り立っているのでしょうか。そこには、半世紀にわたって蓄積された航空技術の劇的な進化があります。

 コンコルドは音速突破のために燃料を直接排気ガスに噴射する「アフターバーナー」を使用し、莫大な燃料消費と騒音を生み出していました。オーバーチュア専用エンジン「シンフォニー」は、アフターバーナーを使わずに超音速巡航が可能であり、燃費と騒音を劇的に改善しています。超音速時の摩擦熱による劣化に対応するため、重くメンテナンスが高額なアルミニウム合金で作られていたコンコルドに対し、オーバーチュアは最新鋭機と同様の軽量で熱に強い「カーボン複合材」を採用。機体の軽量化により燃費の大幅な向上を実現しています。現代のスーパーコンピューターを用いたCFD(数値流体力学)シミュレーションにより、コンコルド時代には不可能だった何千万通りもの設計パターンを仮想空間でテスト。空気抵抗が少なく、効率的に揚力を生み出す理想的な機体形状を獲得しました。

 機体のコストダウンに成功したとしても、オーバーチュアにはもう一つの大きな壁があります。それは「100%持続可能な航空燃料(SAF)」での運航を目指している点です。現在、SAFの製造コストは従来のジェット燃料の数倍から十数倍に達しています。高価なSAFを大量に消費すれば、結局は運賃に転嫁されるのではないかという懸念は拭えません。しかし、Boom社は機体開発と並行してSAF製造スタートアップへの投資と支援を行い、将来の燃料供給網の構築に自ら関与しています。本格運航が始まる2030年代には、各国の政策支援や生産能力の拡大により、SAF価格が下落するという市場予測が前提となっています。

 また、タイムパフォーマンスを重視する企業の出張層などをターゲットにし、利益率の高い「ビジネスクラスと同等の運賃」に設定することで、燃料費のプレミアムを吸収できる持続可能なビジネスモデルを描いているのです。オーバーチュアはマッハ1.7での巡航を目指す一方で、ソニックブームによる地上への被害を防ぐため、陸上を飛行する際は音速を超えないマッハ0.94程度に抑え、洋上に出た後にマッハ1.7まで加速するという、現在の規制に即した運用を想定しています。

 この現実的かつ野心的なビジョンに対し、アメリカン航空やユナイテッド航空がすでに多数の発注やオプション契約を結んでいます。そして、これは日本の航空業界にとっても決して海の向こうの遠い話ではありません。日本航空(JAL)は開発初期の2017年に同社へ出資し、20機の優先発注権を取得しています。JALは定期的な技術サポートや運航ノウハウの提供も行っており、将来的に日本の空、そして世界を結ぶ路線にオーバーチュアが就航する可能性は十分にあります。

 ノースカロライナ州の「スーパーファクトリー」も完成し、生産体制の構築が進む現在。「速くならない飛行機」という半世紀続いた常識は、環境とスピードを両立する新たなフェーズへと突入しようとしています。Photo : Boom Supersonic

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