「飛行機は、工場から出荷された日が一番機能が古く、日々飛べば飛ぶほど最新のシステムへと進化していく」。そんなスマートフォンのような常識が、いよいよ空の世界にもやってこようとしています。欧州の航空機大手エアバスの「ソフトウェア定義型航空機」の構想は、航空業界の歴史を塗り替える同社独自の挑戦です。
最新のテクノロジーを駆使したエアバスの取り組みは、私たちの空の旅をどう変えるのでしょうか。その奥深い仕組みを、紐解いていきます。

「フライ・バイ・ワイヤ」から「フライ・バイ・コード」
かつての飛行機は、パイロットが操縦桿を動かすと、機体中に張り巡らされた金属のケーブルが引っ張られて翼が動くという、完全な「物理的」な仕組みでした。これを劇的に変えたのが、パイロットの操作を電気信号に変換して翼を動かす技術「フライ・バイ・ワイヤ」です。この技術をA320に初めて本格導入し、世界のスタンダードにしたパイオニアこそがエアバスでした。
そして今、エアバスが自ら次の巨大なパラダイムシフトとして突き詰めているのが、ソフトウェア主導の操縦・運用を意味する「フライ・バイ・コード」への進化です。
これまでは「エンジン用」「空調用」「照明用」など、機能ごとに別々のコンピューターという「箱」が機体に積まれていました。新しい機能を一つ追加するだけでも、飛行機を長期間ドックに入れて、物理的に新しい配線やコンピューターを取り付ける必要があり、莫大なコストと時間がかかっていました。エアバスが目指す「フライ・バイ・コード」は、この常識をひっくり返します。機体に「次世代システムプラットフォーム(NGSP)」と呼ばれる巨大な高性能コンピューターを置き、すべての機能をひとつの「ソフトウェア(コード)」として統合するのです。これにより、物理的な箱や配線が激減し、機体はさらに軽く、自由になります。
ダウンタイムゼロ。「アプデ」で進化し、自ら故障を予知する
すべてがソフトウェアで動くということは、エアバスの機体が「空飛ぶスマートフォン」になることを意味します。これまで整備士が手作業で行っていたシステムの更新も、無線通信(Over-the-Air)で一瞬にして完了します。例えば、「燃費を数%向上させる最新のエンジン制御プログラムをダウンロードする」といったことが、遠隔操作で簡単にできるようになります。
さらにエアバスが重要視しているのが、機体が自らの状態を常にデータとしてストリーミングする「予知保全」という機能です。機体自身が「この部品、あと数回のフライトで調子が悪くなりそうだな」と自己診断し、地上にいる整備士へ事前にデータを送ります。これにより、「空港に着いたら航空機が故障していて欠航になった」という、乗客にとって最も避けたいトラブルを未然に防ぐことができるのです。

AIが副操縦士に。エアバスが変えるパイロットの働き方
システムが高度化することで、操縦室の風景も変わります。エアバスは膨大なデータ処理能力を持つAIを搭載し、事実上の「頼れる副操縦士」としてパイロットをサポートする仕組みを整えています。
滑走路に落ちている小さな障害物をカメラの画像認識で瞬時に見つけ出したり、管制官からの早口な英語の指示をリアルタイムでテキスト化して画面に表示したりと、人間の目や耳を補う機能が次々と追加されていきます。これにより、パイロットの仕事は「機械を細かく操作する職人」から、「AIの提案を監督し、最終的な意思決定を下すマネージャー」へと進化します。
絶対にシステムを止めない「鉄壁のセキュリティ」
「すべてがソフトウェアで動くなら、ハッキングされたり、バグでパソコンのようにフリーズしたりしたら墜落してしまうのでは?」
誰もが抱くこの疑問に対し、エアバスは長年の航空機製造で培った「極めて厳格なフェイルセーフ(多重の冗長性)」という深いレベルの安全設計で回答しています。
万が一、メインのシステムが外部からのサイバー攻撃を受けたり、ソフトウェアのバグで停止したりした場合に備え、機体の別の場所には「まったく異なるプログラミング言語」と「異なる設計思想」で作られた予備システムが待機しています。同じ弱点を持たないシステムを複数用意することで、ひとつの不具合が全体に波及する「単一障害点(Single Point of Failure)」を徹底的に排除しているのです。
2030年代、エアバスが生み出す新しい空の旅
エアバスは現在、2030年代末に向けて、この壮大な「空のニューラルネットワーク」を地上でテストする施設(テストベンチ)をパートナー企業とともに作り上げています。
ハードウェア(物理)の限界を超え、ソフトウェア(コード)の力で限界を押し広げていく次世代の航空機。エアバスの手によって、私たちが乗る飛行機が飛ぶたびに賢く、安全に、そして快適に「アップデート」されていく未来は、もうすぐそこまで来ています。Photo : Airbus




