航空ファンの間で「世界で最もフライトタイムを持つ現役君主」として知られるオランダのウィレム・アレクサンダー国王が、ついに新世代機への移行を果たしました。オランダ王室は、国王がKLMオランダ航空の新機材「エアバスA321neo」のコックピットに搭乗し、初フライトを無事に終えたことを発表しています。長年親しんだボーイング737のコックピットに別れを告げ、新たなナローボディ機でのキャリアをスタートさせました。
一国の君主がなぜ、多忙を極める公務の傍らで旅客機の操縦桿を握り続けるのでしょうか。そこには、単なる王室の一人の「生粋の航空人」としてのプライドと情熱、そして航空業界の変革期がシンクロする深いドラマがありました。


今回のA321neoへの移行は、KLMが進める大規模なフリート更新に連動したものです。同社は欧州内路線の主力機であった737シリーズを、より低騒音で燃費効率に優れたA321neoへと順次置き換えています。
国王は1980年代に事業用操縦士のライセンスを取得して以来、フォッカー70、そしてボーイング737と、同社の欧州域内路線の歴史とともにステップアップしてきました。愛機の退役が進む中、KLMの新主役に据えられたA321neoへ移行するのはごく自然な流れでした。
しかし、コックピットの設計思想が根本から異なる「ボーイング(操縦桿)」から「エアバス(サイドスティック)」への移行訓練は容易なものではありません。多忙な国家元首のスケジュールを縫って座学とシミュレーターの過酷なセッションをクリアし、無事に初フライトを成功させたことには驚かされます。過去の現地紙のインタビューで、国王が語ったこの言葉にすべてが凝縮されています。一国の君主という、常にマスコミと国民の目に晒される重圧。その彼にとって、乗客の命と機体を預かるフライトの極限状態こそが、唯一「王室の公務から完全に解放される」リセットの瞬間なのだそうです。
機内アナウンスの際、国王ご自身は自らの名前を名乗らず、「機長と乗員を代表して…」とだけ挨拶をすることで知られています(とはいえ、特徴的な声で国王だと気づく乗客もいるようです)。機長を立て、一人の副操縦士としてチェックリストを読み上げ、計器と向き合う。その飾らないプロ意識こそが、航空ファンを惹きつけてやまない理由と言えます。
さらに特筆すべきは、「ライセンスの維持」という現実的な壁です。定期航空会社で乗務し続けるには、航空法規が定める年間約150時間の飛行時間をクリアし、定期的な審査をパスし続けなければなりません。これを「月に2回程度」の乗務ペースで維持しているという事実は、公務の合間のプライベート時間の多くを、空へのコミットメントに捧げている証拠に他なりません。次に欧州路線でKLMのA321neoに搭乗する際、コックピットからのアナウンスに耳を澄ませてみてください。低騒音化された最新のキャビンに響くその声は、サイドスティックを握りしめ、空を心から愛する国王のものであるかもしれません。Photo : Koninklijk Huis




