私たちの身近なコンビニやスーパーで「おにぎりの値段がかつての2倍になった」と物価高を痛感する昨今ですが、空のインフラを支える航空機にかかるコストは、それを上回る「実質3倍」にまで膨れ上がっています。
激戦区である「羽田〜岡山線」において、2026年の冬ダイヤから、ANAとJALによる全国初の「ダイヤ調整」が開始されます。新幹線と熾烈なシェア争いを繰り広げてきたこの路線での航空会社間の協調は、決して突然の決定ではありません。
時計の針を1年前に戻せば、この事態はすでに「予告」されていました。2025年5月に開催された「国内航空のあり方に関する有識者会議」において、日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)が提出した資料は、航空業界が直面する絶望的なコスト高と、それに逆行する運賃引き上げの限界を克明に記していたのです。現在の羽田〜岡山線に至るまでの軌跡と、今後の国内線の姿を読み解きます。
■機体価格「実質3倍」と「原油高」のダブルパンチ
事の発端は、歴史的な円安と世界的インフレがもたらした外貨建て費用の異常な高騰です。
昨年の会議でJALが突きつけた現実は過酷なものでした。2008年導入の同型機と比べた機体のカタログ価格は約2倍に高騰しています。昨年の有識者会議の試算では、為替を1ドル=145円として調達コストを「約2.8倍」としていましたが、直近では1ドル=160円付近で推移していることを踏まえると、現在の調達コストは「実質3倍」に達していると考えられます。さらに、これに追い打ちをかけているのが「原油高」です。機体も燃料も外貨建てである航空業界にとって、現在の事業環境は想像を絶する負担となっています。

■ 立ちはだかる「新幹線」の壁、利益なき繁忙
コストが激増する中、本来であれば運賃への価格転嫁が不可避です。しかし、ANAは昨年の資料において「国内線マーケットは供給過多の状態」にあると指摘していました。
運賃値上げを完全に封じ込めている最大の要因が、「新幹線」という強力な代替交通の存在です。羽田〜岡山間のような4時間以内の距離では新幹線と激しく競合しており、地上交通との競合路線は単価が上がらない状態にあります。航空会社がコスト増を理由に値上げを行えば顧客は一気に新幹線へ流出してしまうため、どんなに苦しくても値上げができないという構造的なジレンマを抱えているのです。
さらに、ビジネス需要の蒸発がこれに追い打ちをかけています。ANAのデータによれば、コロナ前に全体の40%を占めていたビジネス需要は30%へと低下しました。出張客が戻らない中、JALも指摘するように、航空各社はタイムセールなどの需要喚起を行って空席を埋めてきました。
つまり、「新幹線の存在があるため基本運賃を上げられないうえに、ビジネス需要で埋まらなくなった席を一般利用者向けに安価なセールで販売してしのいでいる」のが現状です。その結果として低価格帯の旅客が増加し、搭乗率は上がっても収益性が悪化するという悪循環に陥っているのです。
■「値上げできないなら、潰し合いをやめる」羽田〜岡山線の歴史的転換
この八方塞がりの状況に対するひとつの「答え」が、今回の羽田〜岡山線における冬ダイヤからのダイヤ調整です。新幹線があるため運賃単価を上げられず、出張需要の急回復も見込めない中で、航空会社に残された生き残り策は「無駄な消耗戦の回避」でした。これまで、ANAとJALは利用者の多い時間帯を巡って激しく競合し、出発時刻がわずか5〜15分しか離れていない便を飛ばし合っていました。
そこで両社は、冬ダイヤから便数(各社1日5往復)を維持したまま、出発時間を意図的にずらして約1時間の間隔を空けるという、国内線初の「ダイヤ協調」に踏み切ります。これは、かつて激しく争ったライバル同士が路線維持のために手を取り合わざるを得ないという、歴史的な出来事です。

ここで忘れてはならないのは、これほどの絶望的なコスト高と厳しい経営環境に直面しながらも、JALとANAがフルサービスキャリアとしての高いサービス水準を決して落としていないという事実です。私たちが普段当たり前のように享受している安全運航や快適な機内環境は、コスト削減の荒波に抗う両社の並々ならぬ企業努力によって、ギリギリのところで支えられていると言えます。
■かつてのジャンボ機時代と重なる、迫る「破格セール」の終焉
では、今後の国内線はどうなっていくのでしょうか。かつて、世界中の空をジャンボジェット(ボーイング747)が飛び回っていた時代がありました。当時はその巨大な機体を埋めるため、航空会社が空席をツアー会社に激安で卸し、格安パック旅行がブームとなり、グアム4日間19,800円などの商品も出回りました。しかし、その後、需要に合わせた中型・小型機への「機材の適正化(ダウンサイズ)」が進んだことで、そうした叩き売りの時代は静かに幕を下ろしました。これと似た歴史が、今の日本の国内線でも繰り返されようとしているのかもしれません。

ANAはすでに100席クラスの新小型ジェット(エンブラエルE190-E2)などの発注を行い、供給過多な需要に合わせた小型化を推進しています。JALも今後10年で約80機の更新を予定しています。各社で機材がダウンサイズされ、供給座席数が適正に絞り込まれれば、当然ながら現在のように「無理に空席を埋めるための過度なセール」を行う理由は薄れていきます。しかし、航空機は今日注文して明日届くようなビジネスモデルではありません。メーカーの製造ラインの確保や納入待ちを含め、機材の更新には数年単位の長い年月がかかります。
羽田〜岡山線で行われる「ダイヤ協調」は、新しい小型機が揃うまでの過渡期を生き抜くための、言わば延命措置と言えます。今後、時間をかけて各路線のダウンサイズが完了し、需要と供給のバランスが適正化された暁には、近年私たちが享受してきたフルサービスキャリアの安すぎるセールは姿を消し、過去のものとなっていくのかもしれません。




