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やはりパイロットは2人必要か フライドバイ機のハイジャック未遂から考えるコックピット内部からの脅威

 2026年9月30日、航空業界に衝撃を与える前代未聞の事態が発生しました。ドバイ発テルアビブ行きのフライドバイ1073便(ボーイング737MAX8)において、オマーン人の副操縦士がコックピット内に配備されていた非常用斧を使用し、機長を襲撃するというハイジャック未遂事件に及びました。

 急降下し、方向舵が剥がれ落ちるほどの負荷がかかる絶体絶命の状況下で、頭や手に重傷を負った機長が命がけでコックピットドアのロックを解除したことで、事態は辛うじて最悪の結末を免れました。乗客や乗り合わせていた非番パイロットらの介入により、同機はサウジアラビアのタブークへ緊急着陸を果たしました。しかし、まさに「内部からの脅威」が現実となったこの事件が、現代の航空安全保障、そして現在業界を二分している「ある議論」に投げかけた波紋は計り知れません。

■要塞化されたコックピットのジレンマ

 2001年の同時多発テロ以降、航空業界は客室からの脅威を完全に遮断するため、防弾仕様の強固なコックピットドアを導入しました。さらに、機内での火災対応や脱出経路確保のために義務付けられている非常用斧は、外部からの侵入者の手に渡ることを防ぐため、この「要塞」の内部でのみ厳重に保管されるようになりました。

 今回の事案は、この二つの安全対策が「操縦士自身が脅威となる」という内部犯行において、最悪の形で牙を剥くことを証明してしまいました。外からは決して開けられないドアと、内部にのみ存在する破壊器具。もし今回、機長が意識を失いドアのロックを解除できていなければ、客室側からの救出や制圧は物理的に不可能でした。現代のコックピットは、内部からの脅威に対しては極めて脆弱な「密室」となっているのが現実です。

■SPO(ワンマンパイロット制)推進論への致命的な一撃

 この事件が最も大きな影響を与えるのは、現在エアバスなどの航空機メーカー、そして欧州航空安全機関(EASA)などが推進しようとしている「ワンマンパイロット制(SPO)」および長距離便の巡航中における「eMCO」の導入議論です。

 パイロット不足の解消や運航コストの削減を背景に、テクノロジーの進化を理由に操縦席の1人化を模索する動きは加速していました。これに対し、ALPA(航空宇宙操縦士協会)などのパイロット組合は「コックピット内には常に2人の人間が必要である」と猛反発を続けてきましたが、フライドバイ機の事案は、まさに現場のパイロットたちが危惧していた最悪のシナリオを体現するものとなりました。

 もし1073便がSPO環境下で運航されており、唯一のパイロットが意図的な墜落を企てていたとしたら、機体は間違いなく墜落していたでしょう。相互監視という最後の砦が存在しない単座運航において、人間の悪意や突発的な精神異常をシステムだけでカバーすることは極めて困難です。

■遠隔操縦(リモートオーバーライド)の限界と根本的な矛盾

 メーカー側はSPO環境下のフェイルセーフとして、パイロットが異常をきたした際に地上のオペレーションセンターから機体の制御を奪取する「リモートオーバーライド」システムの開発を進めています。しかし、これも万能ではありません。

 今回のように機上で明確な殺意を持った人間が操縦桿を握っている状況下で、地上からの遠隔操作と機上でのマニュアル操作が競合した場合、システムはどちらの入力を正とすべきかという問題が生じます。地上側の権限を絶対とすれば、今度はそのシステム自体が高度なサイバー攻撃の標的となります。また、衛星通信の遅延や通信断絶のリスクが伴う中、秒単位の判断が求められる緊急事態において、現場の「空気」や「振動」を感じ取れない地上のパイロットが機体を安全に回復させられる保証はありません。

 さらに、こうした脆弱性を克服するため、機上パイロットの心拍数や視線まで常時監視する生体モニタリングシステムや、軍用機並みの強固なサイバーセキュリティ対策をデータリンクに施すことが提案されています。しかし、ここで業界内から大きな疑問の声が上がっています。「これほどまでに複雑で高コストな監視システムや、膨大な地上設備・セキュリティ対策を構築し維持するくらいであれば、最初から素直にもう1人パイロットをコックピットに乗せておいた方が、はるかに安全かつ経済的ではないか」という根本的な矛盾です。

■最後の安全網は「人間の冗長性」

 高度な自動化が進んだ現代の旅客機であっても、予期せぬシステム障害や、今回のような極端な人的脅威に対して最後に機体を救うのは、パイロットの経験と咄嗟の判断力、そして「2人のプロフェッショナルによる相互補完」です。フライドバイ機が墜落の5秒前に引き起こされたのは、重傷を負いながらも諦めなかった機長の存在があったからに他なりません。

 航空業界は将来的に、自動化と効率化の追求という名の下に、コックピットから「もう1人の人間」を排除しようとしています。しかし、フライドバイ機の事件は、効率化の代償として切り捨てようとしているものが、実は航空安全における最も強固な最後の安全網であることを我々に強く警告しています。Photo : Airbus

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