空港を颯爽と歩くパイロットの姿を見ると、世界の多くのパイロットが髭をそり上げるか整えていることがわかると思います。実は、世界の主要な多くのエアラインでは、パイロットが髭を蓄えることを厳格に制限しています。一見、清潔感やプロフェッショナリズムといったイメージ戦略のように思えますが、その根底には乗客の命を預かる上で避けて通れない安全上の理由が深く関わっています。
パイロットが髭を制限される最大の理由は、緊急時に装着する酸素マスクの密着性を確保するためです。航空機が飛行中に機内の気圧が急激に下がる急減圧に見舞われた際、パイロットは数秒以内に酸素マスクを装着し、意識の確保が求められます。
この際、顔に多くの髭があると、マスクの縁と肌の間にわずかな隙間が生じてしまいます。1987年に米国連邦航空局(FAA)が発表した調査では、髭があることで酸素マスクの効率が大幅に低下し、脳が酸欠状態に陥る低酸素症のリスクが高まることが報告されました。また、機内火災が発生した際、マスクが密着していなければ隙間から有毒な煙を吸い込んでしまい、操縦不能に陥る危険性もあります。こうしたリスクを徹底的に排除するため、多くのエアラインは髭に制限をかけてきました。
一言に髭と言っても、その形状によって制限の度合いは異なります。多くのエアラインが特に厳しく制限しているのは、頬や顎を広く覆うフルベアード(全面の髭)です。これは酸素マスクが肌に触れる面積を大きく阻害するため、安全上のリスクが最も高いと見なされています。
一方で、鼻の下だけに蓄えるマスターシュ(口髭)については、多くのエアラインで容認されています。口髭であれば、酸素マスクの縁が当たる頬や顎のラインを邪魔しないため、密着性を確保しやすいという判断があるからです。ただし、その場合でも「唇の両端を越えない」「手入れが行き届いている」といった細かい規定が設けられていることが多いとされています。
近年の大きな動きとして注目されているのが、ハワイアン航空とアラスカ航空の経営統合に伴うルール統一です。これまでハワイアン航空は、米系大手の中では珍しく、一定の条件の下で整えられた髭(ベアード)を認めていました。しかし、アラスカ航空との統合プロセスにおいて、2026年よりアラスカ航空側の厳しい基準に合わせる見通しです。
2024年に発表された最新の研究では、「現代の高性能な酸素マスクであれば、髭があっても安全性に影響はない」というデータも示されつつあります。しかし、現在も多くのエアラインが昔からの決まりを守り続けている現状があり、これは徹底的な安全を追求していると考えることもできます。多様性を尊重する現代でも、乗客の命を預かる会社側は、この髭制限はこれからも譲れないポイントなのかもしれません。Photo : KLM


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